東邦発 E-health
漢方薬と身近な食材
中国雲南省の食材
東邦大学医学部
東洋医学研究室
田中耕一郎
中国国内の多様性
中国というと漢民族の国家という印象があるかもしれない。中国の人口全体に占める漢民族の割合は90%程度であり、人口から見れば正しい。しかし、地域で見てみると様相は異なる。古来より中原(ちゅうげん)と言われる中華文化の発祥地は、黄河中下流域にある華北平原である。中国には自治区という省と異なる行政単位があり、中原という位置から見れば、新疆ウイグル自治区(西北部)、内モンゴル自治区(北部)、広西チワン族自治区(南部)、寧夏回族自治区(西北部)、チベット自治区(西部)の5つがある。漢民族以外の民族(少数民族と言われる。)の人口約70%はこれらの自治区に集中している。他に、自治区のなかに自治州がすべてあるわけではなく、省とよばれる行政区域のなかにも自治州は存在する。吉林省、湖北省、湖南省、甘粛省、四川省、貴州省、雲南省、青海省など自治区という行政単位がある。少数民族として55集団に分類されている。そのうち、26の民族が住んでいるのが、中国南西部に位置する雲南省である。民族が多いということは、食文化もそれだけ多様ということである。
雲南省
四川省にあたる蜀の国よりさらに、“雲の南”にある雲南省、中国から見ればかなりの奥地になる。
雲南省は、三国時代に四川省を拠点とした蜀の諸葛孔明が兵を入れ、元の時代になってからモンゴル族に支配された。元朝が倒れた後も駐屯していたモンゴル人で残ったものもいる。モンゴル平原に帰ったモンゴル兵は、「必ず戻ってくるから。」と言い残していったという。そのため、雲南省内にはモンゴル族の末裔にあたる人々が現在でも生活している。
雲南省は首都の北京から離れており、相当な奥地のように思えるが、現在の人口は約4500万人を有している。省都の昆明市の中心部は放射状に道路が広がっており、10年前は慢性的な渋滞に悩まされていた。現在では、地下鉄が走り、道路は歩道も整備され、安心して歩くことが出来る。朝の出勤時に自転車が群がっていたものだが、今ではバイクに様変わりしている。10年前に留学していた頃を思うと、当時の面影はほとんどない巨大な都市へと発展した。省内の各地へは舗装されていない道路を揺られながら山奥に入っていくという状態であった。現在では、山間部の都市にも空港が出来、高速道路も密に惹かれ、非常に便利になった。そのため、秘境の地というより、より身近な観光地への変貌していっている。
雲南省は、日本人のルーツという説もあるくらい日本との共通点も多い。「牧畜系のチベット族を除いては、ほとんど稲作民族であり、いまもそうありつづけている。かつ魚を食べ、それも刺身で食べる。その民族が日本人に似ていることで、雲南省で稲作する少数民族が私どもの先祖の一派ではないか、という仮説は、こんにち日本の多くの文化人類学者から魅力をもって唱えられているか、支持されている。」1)
雲南省は、海に面していないために、海の魚ではないが、虹鱒(ニジマス)の刺身を皿一杯に豪華に飾って食べる。これは省都の昆明から、西北の山岳地帯に入った麗江の郷土料理である。氷の上に鮮やかな淡紅色の虹鱒の切り身を、箸で取って、小皿の醤油とワサビにつけて食べる。遠く離れた異国で懐かしい思いにさせられる。麗江は少数民族のナシ族の拠点である。独自の東巴文字を有している。象形文字だが、漢字以上に絵画的要素を残している。このように中国では漢字以外にも少数民族特有の文字も存在していたのである。また、独特の街並みがある。今でも銀細工が有名であるが、古の繁栄を偲ばせる木造、瓦屋根の家屋、石畳の道、道脇に流れる小川と柳の並木、日本でいえば倉敷を思い出すような風景である。
雲南省は、三国時代に四川省を拠点とした蜀の諸葛孔明が兵を入れ、元の時代になってからモンゴル族に支配された。元朝が倒れた後も駐屯していたモンゴル人で残ったものもいる。モンゴル平原に帰ったモンゴル兵は、「必ず戻ってくるから。」と言い残していったという。そのため、雲南省内にはモンゴル族の末裔にあたる人々が現在でも生活している。
雲南省は首都の北京から離れており、相当な奥地のように思えるが、現在の人口は約4500万人を有している。省都の昆明市の中心部は放射状に道路が広がっており、10年前は慢性的な渋滞に悩まされていた。現在では、地下鉄が走り、道路は歩道も整備され、安心して歩くことが出来る。朝の出勤時に自転車が群がっていたものだが、今ではバイクに様変わりしている。10年前に留学していた頃を思うと、当時の面影はほとんどない巨大な都市へと発展した。省内の各地へは舗装されていない道路を揺られながら山奥に入っていくという状態であった。現在では、山間部の都市にも空港が出来、高速道路も密に惹かれ、非常に便利になった。そのため、秘境の地というより、より身近な観光地への変貌していっている。
雲南省は、日本人のルーツという説もあるくらい日本との共通点も多い。「牧畜系のチベット族を除いては、ほとんど稲作民族であり、いまもそうありつづけている。かつ魚を食べ、それも刺身で食べる。その民族が日本人に似ていることで、雲南省で稲作する少数民族が私どもの先祖の一派ではないか、という仮説は、こんにち日本の多くの文化人類学者から魅力をもって唱えられているか、支持されている。」1)
雲南省は、海に面していないために、海の魚ではないが、虹鱒(ニジマス)の刺身を皿一杯に豪華に飾って食べる。これは省都の昆明から、西北の山岳地帯に入った麗江の郷土料理である。氷の上に鮮やかな淡紅色の虹鱒の切り身を、箸で取って、小皿の醤油とワサビにつけて食べる。遠く離れた異国で懐かしい思いにさせられる。麗江は少数民族のナシ族の拠点である。独自の東巴文字を有している。象形文字だが、漢字以上に絵画的要素を残している。このように中国では漢字以外にも少数民族特有の文字も存在していたのである。また、独特の街並みがある。今でも銀細工が有名であるが、古の繁栄を偲ばせる木造、瓦屋根の家屋、石畳の道、道脇に流れる小川と柳の並木、日本でいえば倉敷を思い出すような風景である。
米の麺 “過橋米線”
稲作の盛んな雲南省で、観光の際には必ず勧められるものが、米線と言われる料理である。米の線とは、米で作った麺である。雲南では、物語と合わせて、“過橋米線”と呼ぶ。“過橋”とは、橋を渡ることで、その故事とは、以下のようなものである。
「(註:科挙を目指す)夫は、橋向こうの静かな池の小島にこもり、日夜勉学に没頭していた。妻は食事のたびに橋を渡り、夫のもとへ料理を運ぶのだが、どうしても冷めてしまう。あれこれ試した末、賢い妻が考え出したのが」「スープに脂をたくさん使うことで、表面に油膜を張り」「熱くて美味しいうちに夫に食べてもらえる工夫をした。」2)というものである。夫につくす妻という物語が添えられて、米線は非常に有難いものへと変化する。勉学もはかどるというものである。
火傷をするほど熱した鶏ガラスープの碗に、別の皿にのった薄く切った豚鶏肉片、生野菜、豆腐、湯葉、卵、米線を順番に入れていく。それらはあっという間に、しゃぶしゃぶのように熱せられて食べられるようになる。鶏ガラスープは、日本人にとっては、博多ラーメンの豚骨スープよりもあっさりして胃腸にやさしい。麺の太さは選ぶことが出来る。細いと注文しても、日本のにゅうめんほど細くない。
四川省、貴州省からの漢民族も多い雲南省では辛味の食事が多い。回族料理店は、朝食に麺を出しており、出勤時には行列が出来ているが、何も言わないと唐辛子がたっぷりと入れられる。たまに、中国人でも「唐辛子を抜いてほしい。」と注文しているのを見かけたが、少数である。朝から辛い麺汁で汗をかく姿が印象的である。過橋米線はその中にあって、鶏ガラスープに胡椒が入っており、馴染み深く癖になる。
雲南省は、湿度は四川省ほど高くない。四川省では、発汗して代謝を鼓舞しないと関節を痛めるとされており、そのために東洋医学的には辛味が必要とされている。雲南省は、東洋医学的には、発汗する必要性のある環境にはない。山岳地帯のため、昆明市で2000mの高度がある。そのため寒暖差が大きい。そのため、気温が低下した際には、発汗することで、身体の熱が逃げ、感冒に罹患してしまうことに注意が必要である。
雲南の米線は、麺の米粉を使った押し出し麺に分類されている。3)押し出し麺とは、製法の一種で生地に強い力を加え、麺の太さに合わせた穴から押し出して作るもので、麺が高温になり糊化するために強いコシが生まれる。この系列の麺は、タイ、ラオスなどにある。
米の麺と言えば、ベトナムのフォーがあるが、これは河粉系列と言われ、生地をシート状、または帯状に太めに切ってつくる麺である。
「(註:科挙を目指す)夫は、橋向こうの静かな池の小島にこもり、日夜勉学に没頭していた。妻は食事のたびに橋を渡り、夫のもとへ料理を運ぶのだが、どうしても冷めてしまう。あれこれ試した末、賢い妻が考え出したのが」「スープに脂をたくさん使うことで、表面に油膜を張り」「熱くて美味しいうちに夫に食べてもらえる工夫をした。」2)というものである。夫につくす妻という物語が添えられて、米線は非常に有難いものへと変化する。勉学もはかどるというものである。
火傷をするほど熱した鶏ガラスープの碗に、別の皿にのった薄く切った豚鶏肉片、生野菜、豆腐、湯葉、卵、米線を順番に入れていく。それらはあっという間に、しゃぶしゃぶのように熱せられて食べられるようになる。鶏ガラスープは、日本人にとっては、博多ラーメンの豚骨スープよりもあっさりして胃腸にやさしい。麺の太さは選ぶことが出来る。細いと注文しても、日本のにゅうめんほど細くない。
四川省、貴州省からの漢民族も多い雲南省では辛味の食事が多い。回族料理店は、朝食に麺を出しており、出勤時には行列が出来ているが、何も言わないと唐辛子がたっぷりと入れられる。たまに、中国人でも「唐辛子を抜いてほしい。」と注文しているのを見かけたが、少数である。朝から辛い麺汁で汗をかく姿が印象的である。過橋米線はその中にあって、鶏ガラスープに胡椒が入っており、馴染み深く癖になる。
雲南省は、湿度は四川省ほど高くない。四川省では、発汗して代謝を鼓舞しないと関節を痛めるとされており、そのために東洋医学的には辛味が必要とされている。雲南省は、東洋医学的には、発汗する必要性のある環境にはない。山岳地帯のため、昆明市で2000mの高度がある。そのため寒暖差が大きい。そのため、気温が低下した際には、発汗することで、身体の熱が逃げ、感冒に罹患してしまうことに注意が必要である。
雲南の米線は、麺の米粉を使った押し出し麺に分類されている。3)押し出し麺とは、製法の一種で生地に強い力を加え、麺の太さに合わせた穴から押し出して作るもので、麺が高温になり糊化するために強いコシが生まれる。この系列の麺は、タイ、ラオスなどにある。
米の麺と言えば、ベトナムのフォーがあるが、これは河粉系列と言われ、生地をシート状、または帯状に太めに切ってつくる麺である。
巨大キノコ市場
山岳地帯の雲南省では、野生のキノコが非常によく取れる。そのため、野生のキノコの種類は非常に豊富で、キノコ料理も盛んである。 昆明市には、多様なキノコを揃えたキノコ専門市場があり、朝からにぎわっている。多くは地元の人が買いに来る。自分で山林に入って、採取して料理する人もいる。 松茸もよく取れるが、こちらは日本で珍重されていることが知られて、売られたり、食されたりするようになったが、もともと雲南ではあまり食べられていなかった。香りは日本産のものより劣るとされるが、市場で実際に見て回ると十分によい風味である。
ポルチーニタケ(牛肝菌)やモリノキノコタケ(鶏樅)、キヌガサダケ(竹荪)、シイタケ(香菇)、ヤマブシタケ(猴頭菇)など、雲南だけでも250種余りあるとされる。
モリノキノコタケ(鶏樅)は、歯ごたえと甘味から、雲南では非常に高級なキノコとされている。
モリノキノコタケ(鶏樅)は、歯ごたえと甘味から、雲南では非常に高級なキノコとされている。
キノコの生薬 霊芝
「雲貴川広、地道薬材。」という言葉がある。雲南省、貴州省、四川省、広東省では、地元産の生薬が非常に多いことで知られている。これらの地域は生薬の宝庫である。黄河流域の中原で生まれた医学が、当時の中国外であった地域の生薬を豊富に使用していることは、非常に興味深い。東洋医学は、中国の中原の医学以外に、多くの民族の生薬を取り入れて発展してきたのである。
キノコ市場では、キノコの生薬も売られている。代表的なのが、サルノコシカケ科のレイシ(霊芝)である。霊芝はマンネンタケ(Ganoderma lucidum)である。形態は、腰かける椅子のように、広く平らな面を有しており、硬化していて固い。食用のキノコの印象とは異なる菌類である。腐植した樹皮に楔を打つような形で生えてくる。
キノコ市場では、キノコの生薬も売られている。代表的なのが、サルノコシカケ科のレイシ(霊芝)である。霊芝はマンネンタケ(Ganoderma lucidum)である。形態は、腰かける椅子のように、広く平らな面を有しており、硬化していて固い。食用のキノコの印象とは異なる菌類である。腐植した樹皮に楔を打つような形で生えてくる。
東洋医学の最古の生薬学書である『神農本草経』(しんのうほんぞうきょう)には、「主耳聾、利関節、保神、益精気、堅筋骨、好顔色」(難聴、関節の動きを改善し、元気を増し、良好な意識精神を維持し、筋肉骨を強くし、顔色を良くする。)と書かれている。
また、道教の古典である『抱朴子』 (内篇 巻之十一「仙薬」)「霊芝は名山には多くあるが、心が濁り、行いが悪く徳の薄い凡庸な道士には得ることができない。」4)という記載がる。
チベット医学にも採取する側の人間性について同様の記載がある。仏教、道教では治療者側の人間性に自然界の植物の薬効が影響を受けるとされてきたのである。
霊芝の科学的検証にはまだ十分なものがないが、培養細胞、実験動物などで、抗癌作用、免疫賦活作用、血小板抗凝固作用の報告がある。
また、道教の古典である『抱朴子』 (内篇 巻之十一「仙薬」)「霊芝は名山には多くあるが、心が濁り、行いが悪く徳の薄い凡庸な道士には得ることができない。」4)という記載がる。
チベット医学にも採取する側の人間性について同様の記載がある。仏教、道教では治療者側の人間性に自然界の植物の薬効が影響を受けるとされてきたのである。
霊芝の科学的検証にはまだ十分なものがないが、培養細胞、実験動物などで、抗癌作用、免疫賦活作用、血小板抗凝固作用の報告がある。
キノコの生薬 木耳(キクラゲ)
薬用としての霊芝よりも黒キクラゲ(Auricularia auricula-judae)は食材としてよく使われている。人工栽培もされている。日陰で湿気が多い場所の腐食した樹木に生えてくる。霊芝が硬化しているのに対して、木耳は柔らかくぶよぶよしているが、歯ごたえがある。黒キクラゲは黒く、東洋医学では腎(腎臓、副腎、生殖器を合わせたような機能系統)という臓と関係があり、その機能を補う作用があるとされる。薬用として、中薬大辞典では、伝統的に涼血、止血といって、血液の炎症を清し、出血を止める働きがあるともされている。
白キクラゲは、銀耳と呼ばれ、白さは肺(呼吸機能系統)に関係すると考えられ、肺の機能を高めるために用いられる。
白キクラゲは、銀耳と呼ばれ、白さは肺(呼吸機能系統)に関係すると考えられ、肺の機能を高めるために用いられる。
キノコ料理と専門店
昆明市内では、キノコ料理の高級専門店がある。松茸の刺身もあるようだが、ここではキノコ鍋である。豊富な種類のキノコを鍋に順番に入れ、念入りに煮る。基本的に問題ないはずのキノコなのだが、十分に似ないとわずかでも毒性がある場合があるとのことである。時間をかけて十分と思えるまで煮るのは、雲南の人でないと難しい。日本におけるしめじ、シイタケを鍋に入れるのとは異なるくらい慎重である。キノコ鍋との名前の通り、鍋の中身は溢れかえるキノコで一杯となっている。空腹を紛らわせるために、お惣菜が幾つか出てくるが、それを平らげてしまうほど、時間はかかる。ようやく店員が「いいでしょう。」と十分に煮えたことを確認して、スープとともに食べ始める。日本にはないスープの深みとキノコの多彩な味が舌に滲みる。美味である。また、精神的に何か高揚感を感じるのはキノコのせいだろうか、やはりじっくり煮ないといけない理由はここにもあるのかもしれない。
結語
中国は多民族国家の側面があり、省ごとに特色がある。ヨーロッパの一つ一つの国が非常に異なる個性を持っているようである。雲南省は中国の西南部に属し、少数民族の多い省である。そして食文化にも個性がある。稲作の盛んな雲南省の代表料理の一つは、過橋米線と言われる料理である。同じ系統の麺はタイ、ラオスなどにもある。四川省、貴州省の影響を受け、雲南省では辛味の食事が多い。過橋米線はその中にあって、鶏ガラスープに胡椒が入れた出汁を用いている。また、山岳地帯に位置する雲南省は、キノコの種類が豊富で、巨大なキノコ市場がある。食材としてもキノコは食される。生薬としてのキノコでは、霊芝、木耳(きくらげ)が代表的である。菌類は、雲南料理の一角を成す重要な食材なのである。
Abstract
Japanese Traditional Herbal Medicines (Kampo) and Everyday Plants: Roots in Japanese Soil and Culture. vol;27
- Koichiro Tanaka, Toho University School of Medicine, department of Traditional Medicine, 2016 Clinical & Functional Nutriology 2017; ()
参考文献
- 司馬遼太郎:中国・蜀と雲南のみち,朝日新聞出版,2008
- 福山陽子:雲南の旅いろいろ事始め,凱風社,2001
- 石毛直道:麺の文化史,講談社,2006
- 葛洪、劉向、本田濟 訳:抱朴子/列仙伝/神仙伝/山海経,平凡社,1973